ねぇ かおるさん 耳からつくしが生えてますよ

レイキサロン&スクール風の城☆kaoruの気まぐれ日記

   9月 10

キリストのまなざし

風の城のレベル3では、「高次元の存在にアクセスする」というワークがありますが、 こんな風に言うと、なんだかとても大げさで、特別な能力のある人たちのすることだと 勘違いされそうですね。

もちろん、そういう能力を他の人のために役立てている方々もいらっしゃいますが、 感受性を育んでいくと、だれでも心でちゃんと感じることができるのです。

もともと、「手当て」が面白くて入り込んでいったレイキの世界ですが、 こんなわたしでも、長く続けていくと、それなりにイメージ力というものが育まれてくるものです。

先日、レベル3を受講してくださった方と一緒にこのワークをした時。めずらしくイエス・キリストに 繋がってみようと思いました。

わたしは宗教は持ちませんし、聖書も読んだことはありません。時折耳にする、聖書の詩的な表現は 好きですけれど。

おそらく、今読んでいる、「神との対話」の中で、事例としてキリストの話がよく出てくるので、 キリストに対する興味が湧いていたのだと思います。

誘導しながら、レイキのお作法にのっとって繋がろうとしたのですが、 そのお作法を始めるや否や、巨大なキリストの眼のイメージがわたしの背後にドーンと現れました。

そこからは、「憂いに満ちた」ものが伝わってきました。

次に浮かんだイメージは、キリストの大きな両手。わたしは、両側からキリストの大きな手のひら包まれて 癒されているようでした。

繊細なそのエネルギーを感じながら、ふと、問うてみました。

「わたしは、これから、どう歩んでいけばいいですか?」

すると、先を歩くキリストらしい人の後ろ姿と、その後につづく足跡が見えました。

わたしの後に続きなさい。わたしの道を歩きなさい。

そんなメッセージだろうと思いました。

憂いに満ちたまなざしというのは、きっと、人類がいつになっても、その選択をしないことへの憂慮なのでしょうね。

かといって、それを選択しないわたしたちを責めるのではなく、いつか気づいてほしい、目覚めてほしいというような、 そんな想いのこもった眼差しだったのではないかと思いました。

思いがけないコミュニケーションに驚きましたが、キリストという存在が 今までよりうんと身近になったような気がしますよ。

レベル3では、レベル1、2とステップアップしていただいて、みなさまとわたしとのコミュニケーションも 深まったところで、アチューメントやワークをさせていただけるので、本当に楽しいですね。

おたがいに心を開いて、感じたことを言葉にすることで、互いが癒され、変容していく部分があるんじゃないかと思っています。

 

 

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