わたし自身、まだレイキを始める前。病気のこととか、体のことにはまったく無頓着だった頃、 右側の乳房に小さなシコリを発見し摘出手術をしました。
といっても、局部麻酔の簡単な日帰り手術でしたけれどね。
その当時は、病気という現象について自分なりの考えがなく、どう解釈してよいのやら、どう対応してよいのやらまるでわからず。
当時かかっていた病院では、「しこりは今摘出してもいいし、しなくてもいいし。でも、この先大きくなると摘出が大変になるよ。」 とだけ言われ、どちらにするか自分では決められませんでした。また、担当の医師の方の雰囲気になじめず、病院を変わりました。
すると、そこにはたまたま乳腺外科の権威の方がいらして、わたしのしこりの触診と、抽出された粘性のある液体を見て、 「これはとった方がいい」とひとこと。
確信と自信に満ちた先生のことばが、響いたのですね。そのひとことで、わたしは摘出することにしました。
摘出したシコリの病理検査の結果は、一部の研究者の中には、ガンの萌芽的なものと見る向きもあるという程度でしたので、 その後はとくに治療ということはなく、要経過監察となり、それから7年ほど、毎年夏になると山の上の病院へ行くのが通例となりました。
その間に、わたしは、レイキを始め、「癒し」ということに目覚めました。自力整体にも出会い体質改善を進めていきました。 そうした経過の中で、自分の胸にそういうしこりができた理由を、自分なりに理解し、受容していったのです。
(ちなみに、胸部へのレイキは相当しました。とりわけ第二シンボルにはお世話になりましたね。当時は、胸に手を当てると、 万年雪に雪解け水が浸透していくようなレイキのやさしさを感じたものです。それほど、わたしの胸部はがちがちで冷えていたのですね!)
そして最後の夏。「細胞の状態がよくなってきているね」と、乳房の写真(超音波検査の結果か何かだったと思います)を指さしながら、 先生に言われた時に、結局は、乳房全体の状態がよくなくて、そこにしこりができたのだと知ったのでした。 病院では、しこり、というものをどうするかについてだけフォーカスされてきたので、 乳房全体の状態の話などされたことがなかったのです。
それで、検査は終了となり、あとは、乳がん検診を毎年個人的に受けるようにと勧められました。
わたしの病院体験といえば、このくらいですが、その時、信頼できる先生との関係性はとても大事だなと思いました。 先生のひとことが、患者のこころを安心にも不安にもさせるのです。
今回の父の入院について、わたしはその病院の詳しいことはまったく知りませんが、 医師や看護師さんなど、まさに、生き死ににかかわる医療の現場に携わる人たちの心というものに 深く感銘を受けました。
とくに、手術室の前で待機している時。手術に立ち会っている看護師さんが、最初と中間、そして終わりに経過報告を してくださったのですが、その方の真摯な気持ちが痛いほど伝わってきて、目頭が熱くなりました。
他の人の命のために働くたくさんの人たちのおかげで、こうして、父が手術を受けられることがとてもありがたく、 感謝の気持ちでいっぱいになりました。
もうそこには、失敗したらどうしようとか、何か事故があったらどうしよう、という疑いが生まれる余地はなく、 不思議と安らかさと温もりと・・・。愛と信頼、そして感謝の気持ちがただただ満ちていました。
なにがどうなっても、わたしにできることは、ひとつしかない。
それは、わたし自身が「愛」であるという認識を持ち続けること。そしてその中で、レイキをしていくこと。
そうしたことのチャレンジの場でもあった今回の体験でした。
そして、レイキなど代替医療と現代医療と。ともすると対立的な構図を生み出してしまいがちですが、決してそうではなく、大切なのは、どちらのアプローチであってもその心であるということを実感したのでした。
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