ねぇ かおるさん 耳からつくしが生えてますよ

レイキサロン&スクール風の城☆kaoruの気まぐれ日記

   10月 06

冷えにご用心!

経絡の運行の順調な改善にともない、素足でいることが今、大のお気に入り。

とりわけ、湧泉というツボのあたりから、足の指全体をつかって、床をつかむようにして 歩くのがとても心地よいのです。

指先からの刺激が体全体に響いて、人って本来、歩くだけで素晴らしいエネルギー調整になるのだなぁと実感します。 リラックスして、自分の踏み出す一歩が体全体に及ぼす影響を観察してみるとよくわかるのですよ。

ということで、このところ、冷えてきたのにもかかわらず、足首、かかと周りはレグウォーマーなどで保護しつつ、 指先だけは床を直に掴めるようにしていました。つまり、靴下の指先部分を切り取ってそこから指全体が顔をだしている状態ですね。

この日は、衣服を中心に一日「片づけ祭り」(コンマリさんの片づけの魔法をお読みの方はご存知ですね・笑)をしていました。

もちろん指先は出したままで。

ここ数日は、指先を出していると、その部分から冷えがじわーんと浸透してくる感じに気が付いていたのですが、 どこまで耐えられるか挑戦してみよう!なんていうノリで指先素足を楽しんでいました。

しかし、とうとう、来ましたねー。

持っている衣服をぜーんぶ出して山盛りにして、その中からときめく服とそうでない服を選り分けていたら、しだいに正座をすると右足が痛くなってきました。

右足の膝の少し下。ここは、もともと弱いところで、食べ過ぎたり、無理をすると痛みが出て、正座がし辛くなるのです。普段はまったく問題ないのですが、こういう違和感が出る時は、無理するなよ、気を付けなさいねーという体からの声だと理解しています。

いやぁ、これはやっぱり冷えかなぁ。でも別に原因があるかもしれないしなぁ。と思いながら、しばらく作業を継続しつつ観察 していたのですが、違和感は顕著になるばかり。そこで、ようやく5本指の靴下を履いてみると・・・・。

その瞬間から指先がほっとして、違和感が和らぐのを感じました。やっぱり、そうだったのかぁ。 もう、これからは、指先素足はあきらめて、靴下はいた方がいいんだね。体さん!

夜、入浴中に、その右膝の患部にレイキをしてみました。

手をあてると、すぐに気がうごきだし経絡の調整が入りました。(レイキに反応して、自然に経絡が動くこと。) そして、ブルルルと悪寒が流れ出ていく感じがあり、(やっぱり冷えですねぇ)、 その後はピリピリ、熱感などのヒビキが顕著になっていきました。

湯船の中で、足を曲げ伸ばししてみると、一段反応が落ち着くごとに、曲げた時の違和感は少なくなっていきます。

おもしろいですねー。

冷え、ということだけでも、わたしたちは、これほどエネルギーの影響を受けるのですから。

いや、冷えを侮ることなかれ。体中から冷えがなくなるごとに、わたしたちの健康の質は改善するのです。

そして、レイキは冷えをさがすのがとっても得意。

根深いものは、発見や反応してくるのに時間がかかることもありますが、日々、こまめにレイキを継続してつかってくと、 心身にやどった冷えが改善され、どんどん元気にポジティブにハッピーになります。

冷えが抜けた途端、自分の思考が自然に明るい方へと変化していくのです。

そうそう、せっかく、湯船でのレイキで改善した右ひざの違和感ですが、浴室から出る時に、小指をドアの端に強打し、 その瞬間に、患部がぐわんとひきつれるのを感じました。

せっかくレイキしたのにぃ。アホですねー・笑。

まぁ、それでも、出来事は必然。もしかして、この刺激が良い方に作用するかもしれないしね(実際、そういうこともあるのですよ!)、と、考えることにして、 今日は眠ることにします。

おやすみなさい。

みなさまも、あたたかくしておやすみくださいね。


   9月 23

口内炎とレイキ

といっても、口内炎に直接レイキをしたわけではありません。

実は、このところ涼しくなって夏の疲れが出たのか、あるいは、秋にむけて体が新しいバランスに 調整中なのか・・・。

二つも大きな口内炎ができてしまいました。

左上唇の裏側にひとつと、下唇の中央から少し左によったところ。

昔は、ちょこちょこ口内炎ができていたのですが、レイキや自力整体で心身を 整えるようになってからはすっかりご無沙汰でした。

今回のはかなり大きく、熱いものをたべたり、硬さのあるものを口に入れると、刺激されて痛い痛い。(いまはあまり食べないで、消化ではなく他のことにエネルギーを使わせてくださいねー、という体の声かもしれませんね・笑。)

しょうがない。レイキでもするかな・・・。と鏡でその場所を確認してみたものの。

口内炎は、胃腸が荒れているからだ、とはよく言われますよね。

となれば、これは、内臓でしょう。ということで、就寝時に胃のあたりに手を当ててみるとヒビキがものすごい。 びりびりするし熱感はあるし、こんなに激しい感じのヒビキはここ最近では覚えがないくらい。 レイキにものすごく反応していましたね。

そのほか、肝臓や、腸にもアプローチしてみましたが、胃がダントツでした。

こりゃ、すごい反応だなぁ・・・。と思いながらその夜は眠ってしまったのですが、その翌日は、 口内炎の痛みはかなり軽減されていました。しかし、鏡でみると、二か所ともまだ白いものがぷつりと目立っています。

さらに次の日。痛みはまったくなく口の中の違和感もありません。鏡でみてみると、赤みはあるもののかなり小さくなっていました。

なにせよ、こうして自分で体のメンテナンスができるのはありがたいことですね。

今も、体の変化は継続中で、普段にくらべると食欲もなく、あまりたくさん食べられません。でも、これも新しいバランスにおちつくと、細かいことは気にせず食べることを楽しめるようになります。

先ほど入浴時に胃にレイキをしましたが、口内炎全盛の時とはヒビキが全く違います。口内炎があったときには、うぉりゃーって燃えるような感じでレイキをぐんぐん吸収していましたが、今日は、レイキをすると胃がきゅんとしてひきつれた感じがします。

朝晩はめっきり涼しくなりました。うっかりすると風邪をひいてしまいそうです。

どうぞ、みなさまも、お体を冷やさないようご自愛くださいね。

 


   9月 13

カマキリどん

レイキを始めるとシンクロニシティが活性化すると言われますね。

みなさんは、どんな変化を感じていらっしゃいますか? また、日々の中で、どんなシンクロニシティを体験していらっしゃいますか?

わたしの場合は、蝶を見るとか、ぞろ目を見るとか、気づきを得るとその後にそれを確認するような本に出会うとか・・・。 そんな感じです。

たとえば、道を歩いていて、何か閃いたり、気づきを得たり、楽しいことを考えた瞬間に、蝶がわたしの目の前に現れます。 これは、レイキをまだ始める前、意識の蓋があいた直後から蝶とのシンクロはものすごいのですが、とくに今年は アゲハなどの大きな蝶をよく見ますね。

(これが、運転している時には、ぞろ目のナンバーになります。ふっと、何かポジティブな考えが頭をよぎった瞬間に、 対向車のぞろ目や、後ろについた車のぞろ目、なぜかその瞬間にわたしの目の前に現れるのです。)

まぁ、見るというか、もう顔に激突されるくらいの勢いで、大きな蝶がわたしをかすめていくのです。

今日も、そんなことがありました。公園で太極拳をした後、木陰でほっとしてゆたかな気分でいると、おおきな物体が わたしをかすめていきました。アゲハ蝶でした。

今年はアゲハをよく見るなぁ。

そんなことを感じながら、公園からの帰り道、ぽわんと頭のなかでなにか閃いた瞬間、今度は、羽にトルコブルーの柄が入っている蝶が わたしをかすめていきました。

そしてこんなことを思い出しました。

太極拳を始めたばかりのころ(3年くらいまえですね)、大樹の下で、立禅(太極拳の基本姿勢)をしながら、 合掌していました。かなり長い間していたと思いますね。中盤を過ぎたあたりで、あるイメージが浮かびました。

広々とした芝生の上に、石でできた円柱状の椅子がいくつか置かれていました。すると、その椅子のひとつに、豊かな衣を身にまとった 大きな天使がどさっと座ったのです。

まぁ、面白いイメージが浮かぶものだと思って、気にもせずそのまま発霊法を続けていました。そして、もう終わりにしようかなと 目をあけたら、合掌している自分の指先に大きなカマキリがこちらを向いて止まっていました。

驚いて思わず、合掌していた両手をカマキリを振り払うにして勢いよく離してしまい、カマキリは、大樹の幹の方まで とんでいきました。

いやはや、修行が足りませんな(笑)。もっと落ち着いて、カマキリとお見合いしてればまた違ったコミュニケーションができたのにね。

それ以来、その容姿があまり好みでなかったカマキリですが、多少は愛着が湧きましたね。大好きとまではなかなかいきませんが。

きっと、イメージの中で、大きな天使が石の椅子にどさっと座った時に、実際には、カマキリがわたしの指先に腰をおろしていたんじゃないかな。 気配にも感触にもまったく気が付かなかったのがおかしいくらいですけれどね。

そんなエピソードを思い返しながら、到着した我が家の玄関の青いドアを開けようとして、目を見張りました。

表札と郵便受けになっている門柱の裏側に、緑の物体が目にはいったのです。近視のわたしは、まさかねぇ、と思いながら近寄ると、 なんと、そこにはカマキリどんがいらっしゃいました。

kamakiri思わず記念撮影してしまったのですが、しっかりカメラ目線。どちらからとってもちゃんとこちらを向くんですよ。

こうしてみるとなかなかかわいらしい表情をしてるじゃないですかぁ。

まぁ、こうしたささやかなシンクロにシティをどう読み説くか、そこにどんな意味を与えるのかが、創造主としてのわたしたちです。

わたしはもちろん、それでいいんだよ!という宇宙からのラッキーメッセージとして受け止めていますよ。

そう決めておくと、そうした事態に出会っただけで気分があがるし、宇宙との一体感が高まり、しあわせな気持ちになるのです。

まぁ、さしずめ、3年前のカマキリも、今日であったカマキリも。

わたしにとっては、大天使、ということでしょうかね(笑)。

いやはや、たのもしいなぁ。

 


   9月 12

咳とレイキ

夏に帰省した時のこと。

対面でのレイキで、妹の咳の状態はかなり改善していましたが、 まだ深夜に時々咳き込んだり、昼間でも環境がかわったりすると咳き込むというので、 この夏の帰省では、移動中に妹に何度か遠隔を試みました。

「帰省中です。時々咳き込む妹にレイキを。まだ、寝入りばなと深夜には咳き込んで眠れない事があり、 普段から、自分でも胸部にレイキしている、と。一週間程前にレイキさせてもらった時より胸部の滞りは軽減。 今回は、下腹部・腎臓にもレイキを。二の腕からのレイキで胸郭内全体が温かくなる。」

これは、移動の際に、車の助手席で遠隔した時のツイッターメモです。

主人の実家にいる時も、二晩ほど、入浴中に湯船の中から遠隔をさせてもらいました。

湯船の中なので、ほんの15分とか、長くても20分くらいだったと思いますが。

妹には、遠隔してるからねー、とは伝えてはありませんでしたが、 8/8の朝にこんなメールが入っていました。

「咳はだいぶよくなったんだけど、昼に咳き込んでから、左耳がぼーっと詰まった感じになっちゃった。とりあえず耳にレイキしてみるよ。」

実は、その前の夜。主人の実家の湯船で遠隔をしていると、突然、体のエネルギーが大きく動き出して、腰のあたりから悪寒が 流れ出ていくのを感じました。

こうした、大きな動きがある時には、症状の変化も大きい傾向があるので、妹からメールが 入ったのは願ったりかなったり。

新たな動きは出ているものの、咳については改善されたのだなと安心しました。

想えば、妹は、小さいころから、ちょっと風邪をひくとよく咳き込んでいました。 意地悪なわたしは、隣の寝床で正直、うるさいなぁと感じていたものです。(ごめんねぇ。)

妹は、大人になってからも、ちょっと体調を崩すとこんな風に咳が抜けないということがあるのです。

咳き込むのはつらいことだし、体の消費エネルギーも大きい。体は、咳によって何かを出そうとしているとわたしは理解しているので、 そういう時にレイキをするとかえって咳き込む場合もあるのですが、それでも、様子を見ながらレイキを継続していくと 確実にヒビキは減少していき、胸の内部の気の流れも改善していきます。

今回の、妹の咳の症状にかんしては、暑さが厳しくなる頃から始まっていたので、かなり時間はかかりましたが、 この時の遠隔を境に一気に快方に向かいました。

今は、対面でレイキをさせてもらっても、咳き込んでいた時のような胸のヒビキはなく、体全体の気の流れもうんといいですね。

少し前に、リンパが腫れた、なんて書きましたが、咳き込んでいた時の状態と比べれば、ヒビキは全然たいしたことなかったのですよ。

咳でお悩みの方。レイキを試してみるというのもひとつのアイディアですよ。

 

 

 


   9月 10

キリストのまなざし

風の城のレベル3では、「高次元の存在にアクセスする」というワークがありますが、 こんな風に言うと、なんだかとても大げさで、特別な能力のある人たちのすることだと 勘違いされそうですね。

もちろん、そういう能力を他の人のために役立てている方々もいらっしゃいますが、 感受性を育んでいくと、だれでも心でちゃんと感じることができるのです。

もともと、「手当て」が面白くて入り込んでいったレイキの世界ですが、 こんなわたしでも、長く続けていくと、それなりにイメージ力というものが育まれてくるものです。

先日、レベル3を受講してくださった方と一緒にこのワークをした時。めずらしくイエス・キリストに 繋がってみようと思いました。

わたしは宗教は持ちませんし、聖書も読んだことはありません。時折耳にする、聖書の詩的な表現は 好きですけれど。

おそらく、今読んでいる、「神との対話」の中で、事例としてキリストの話がよく出てくるので、 キリストに対する興味が湧いていたのだと思います。

誘導しながら、レイキのお作法にのっとって繋がろうとしたのですが、 そのお作法を始めるや否や、巨大なキリストの眼のイメージがわたしの背後にドーンと現れました。

そこからは、「憂いに満ちた」ものが伝わってきました。

次に浮かんだイメージは、キリストの大きな両手。わたしは、両側からキリストの大きな手のひら包まれて 癒されているようでした。

繊細なそのエネルギーを感じながら、ふと、問うてみました。

「わたしは、これから、どう歩んでいけばいいですか?」

すると、先を歩くキリストらしい人の後ろ姿と、その後につづく足跡が見えました。

わたしの後に続きなさい。わたしの道を歩きなさい。

そんなメッセージだろうと思いました。

憂いに満ちたまなざしというのは、きっと、人類がいつになっても、その選択をしないことへの憂慮なのでしょうね。

かといって、それを選択しないわたしたちを責めるのではなく、いつか気づいてほしい、目覚めてほしいというような、 そんな想いのこもった眼差しだったのではないかと思いました。

思いがけないコミュニケーションに驚きましたが、キリストという存在が 今までよりうんと身近になったような気がしますよ。

レベル3では、レベル1、2とステップアップしていただいて、みなさまとわたしとのコミュニケーションも 深まったところで、アチューメントやワークをさせていただけるので、本当に楽しいですね。

おたがいに心を開いて、感じたことを言葉にすることで、互いが癒され、変容していく部分があるんじゃないかと思っています。