あかるく
まばゆく
あたたかく
ぼんやりともる
心の灯
孤独な夜道にみつけた
民家の明かりのように
わたしのなかで
燃えている
この不思議な光は
なんだろう
春のときめきに、心までうきうきわくわく。
なんとも心地よい一日でした。
今朝の夢見がまたしても印象的でした。
☆
ざっくりと。
夢のあらすじ。
はじめは純真だった人たちの心が病んで、
支配する人と、支配される人との構図がそこにはありました。
支配する人の機嫌を損ねることを恐れ、
支配される人たちは、小さくなって日々を過ごしていました。
そんな場に必要あって滞在せねばならなかったわたし。
そういう中でいかに自分自身でいるか、
決して支配するものに屈しないというゲームを
愉しむかのようなスリリングを味わいつつ、
わたしはかろうじて自分自身を見失うことなく
だれにも支配されることなく
そこを去る時になって・・・。
大事なのはこのシーン。
相手(支配するもの)がなにかわたしに差し出したので、
それをもらえるものだと思って誤解したわたしは、
思わず差し出してしまった片手をひっこめることもできず、
そのまま相手(支配する者)に握手を求め、「ありがとう!」と何度も言った。
そうしたら、相手(支配する者)が、涙ながらに歓喜して、
「ありがとう、ありがとう・・・」と握り返してくれた。
それで目が覚めた。
☆
なんとすばらしい体験だろう。
わたしがはなった「ありがとう!」の一言が
相手に歓喜をもたらすなんて!!!
という何ともおめでたい夢でした^^☆
そして、もうひとつは。
先ほどの夢のあとに観たもの。(ひとつ前の記事です)
わたしと友人と。
その学校では、胸のあたりに、大きなバッジをつけなければいけないのですが、わたしは、それを友人とともにスルーしていました。
それは、わたしにはそんなもの必要はない。
つけたくない、という意思表示でした。
ところが、ふと気が付くと、自分の机の上に、
あらたなバッジが付箋つきで置かれていました。
きちんとつけなさい、先生は観ていますよ、といわんばかりに。
場面はかわって英語の授業。
わたしは予習も何もしていない。
かろうじて机の中にあった辞書にほっとして
嫌な気持ちで授業に向かっていました。
目覚めて気が付いたことは。
この感覚は、おそらくわたしの高校時代の気持だろう、ということでした。
高校時代は、中学までの自分の在り方にすっかり疲れてしまい、
もう何もしないぞ、目立たないところで、ひっそりといたい、と思っていたので、勉強もすっかり落ちこぼれでした。
夢のイメージは、その当時のわたしの気持を凝縮して表現しているようでした。
あの当時の気持の痛みが、ひょっとしたら
今回の腰の痛みとも通じているのかもしれません。
たかが夢。
されど夢。
自分で何をどう感じたか。
そこに答えがあるのだと思っています。
夢をみました。
季節の変わり目なのか。
月のリズムのせいなのか。
いままでにない腰の痛さに、
休息を選んで眠った時でした。
そこは小学校の教室でしょうか。
女の子と男の子(二人組)がけんかをしています。
男の子たちはふたりとも女の子が好きなようで、
その気持ちを正直に伝えられず・・・。
女の子が、教室から「もう帰る!」
と本気になって怒ったところで、
ようやく一人の男の子が、もう一人の男の子のポケットから
「お前、本当はこれをあげたいんだろう?」
といって飾りのついたヘアゴムを取り出して、女の子に差し出しました。
その時の男の子のセリフは忘れましたが・・・。
女の子はそれをとてもうれしくおもったようで
涙ながらに感動しました。
どうも、女の子は、近い内に引っ越しをするような雰囲気でした。
すると、友人の気持を察してヘアゴムを差し出した男の子も
彼女のことが好きだったという本当の気持を露呈していました。
夢の中で、わたしは、この中のどの人物にも該当するという感覚はなく、
目覚めて夢の記憶をたどってみて、ひとつのキーワードに気が付きました。
それは「本当の気持」。
覆い隠すことなく、分断することなく。
「本当の気持」というものを自分自身で認識し、
その想いに誠実に行動するよう、見せられた夢だったのかもしれません。